2016年12月25日日曜日

鍵盤一打H281224土:

七五四

 康文。『セーラー服と機関銃』、『狩人の夜』を見る。

 昼、自転車の音がする原因を特定。部品とタイヤが擦れていた。これとは別に、いずれ油を買って、注しておこう。

 ほぼ冬至なので、流石に昼から暗くなるスピードがえげつない。見晴らしのよい国道沿いで、夜景とない混ぜの薄暮を見る。

 夜に不如意な思いが顕になる。
 煎じ詰めれば、自分の場合は万事中途。きょう日曜は、昼に山積事を堅実に捗める。夜はひと工夫して、大局観と計画を練る。あるいは静謐な反省の時間にしたい。要覚。

 時計を持つということ、構想を持つということは大事だ。
 以下、箇条書きで。麻雀について。
・技術は明らかに足りてないけれど、目標を設定する能力の高さ(構想力)とそれによる接面積縮小(cf. 油柱)で強い奴がいた。
・作戦を構想する際、四人では1/4以下しか上がれないという前提が簡単なようで、けっこう腑に落とし込むのに苦戦しやすい所なのだ。
・たとえば係わる人数の多いイベントは、多人数で打つ麻雀と置き換えれば、コストとリターンの塩梅がイメージしやすい。だろうか。
・構想力に欠けると、この文章みたくなる。
・うまくいっている時に鼻息荒いヤツはヘボが多い。それを見て一喜一憂するのもヘボだろう。
・しかーし、余計な感情を完全排除したら、其奴はもう麻雀をやらないかもしれない。
・逆の例もある。阿佐田哲也は、人間関係のウェットさを嫌って脱落し、人間性の希薄な勝負の世界に走った。
・麻雀でも実生活の選択でも、地味なファインプレーはたぶん当人にしか分からない。それをズバズバ見抜くほどの力量を持つ打ち手がいれば、他の部分に注力するか、もしくはマークした相手にしかその能力を発揮しないだろう。

・上述の1/4理論同様、客観は往路のたいまつ、命綱みたいな所がある。
・自分の強みは目先の一手に集中することだった。そしてそれは、裏を返せば視野の狭さだった。ということで当面は、懐中時計と一緒に遮眼革を持つのが目標。
・心のシャドーロール*とナリタブライアンの命名の適当さを頭の片隅に放り込みたい(東尾のシュートの如く)。
*自分の影にびっくりしないようにする道具

・色々あるが、子連れの家族を見ると敬礼したい気持にもなる。

 箇条書き終わり。正午にタイマーをセットする。
 みなさんよい1日を。

温読書歴145: ヘミングウェイ『日はまた昇る』
……相応に充実したものを置きたい。ので、期日未定で充填。
追記(2017.1.22):
の筈だったが、渋滞し過ぎなので、ピンポイントの指摘を。
魚を釣った後、内臓を抜いて川へ放り投げる光景に、独特の美しさがある。死んで中身を抜き取り、捨てるという容赦のなさ、清々しさ&爽快さ。一体これらは小説全体の色調とも同期している。あしたのジョー的演出のラストしかり、空の空的なカラリとした虚無感しかり。深読みすれば死んだけど中身も最低だったねバブ、的なノリで陰を落としているものは何か。遡ってみると面白いかもしれませんね(寄生獣の台郭教授風に)。
+:
ぱらぱらっとでも読み返さないと線以上の次元では、中々書けない。ことがこんかい判然化した。以下余談。
秋山駿は、一度読んだきりの『罪と罰』(米川訳)がほぼ全て頭に入っていて、かなり長い期間読み返さなかったそうな。ゆーて、一種の傑物にしても、そういうのは稀だろう。
++:
サルトルは幼少期、5歳前後で『ボヴァリー夫人』を読んだとかなんとか。正直だるい逸話だね。国語的に読めても、中身が分かるかいな。だるい。そういうガキはつねってやれ。

+SNS懐古:
アンチクライスト的なアイコンのアカウントが、クリスチャンと普通に会話している光景もあった。今は場所を変えたり、態度を変えたりしているのだろう(不知可塑/非可塑)。多少のポエムは眼をつむって晒す。
人も場所も、何度でも調整し立て直していくべきな訳で。メンテナンスの上手い人間は努力により維持しているのだから、現在の自分を点検して前に進みたい。同時に、反省に殺されないようにしたい。死にはする。

ここに準拠しました。(吉田豪氏のツイッターより) > https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/383448841933971457
https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/752385102949167104
https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/383448918496776192
https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/383448982661255168

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