2016年5月31日火曜日

鍵盤一打H0530月:

五四二

 自分の正しさを疑わない態度ってのは人の元気を奪い去るという1点で正しくはないのではないかね。少なくとも無謬ではない。逆キーファ。この一文は構造上ムダか。

 朝起きて予約投稿の反映を眺めると趣きあり。夜にこそ映えることあり、誤解の可能性を甘受して矢張り夜に流す。ネットも即時性のある場所では、一次情報とその他に分かれる。んか。

 ここ数日体調わるし。内向も内罰傾向も外向性も闘争心功名心も凡て、一長一短か。愛すべきセラン、ほむべしジーン。

 今月は交通費に事欠く感じだったので、足の遠のいた場所もあり。
 くっそ難所ひとつあり渋滞しとるが、まー腹括ってことに当たるしかないか。

(追加あり)

今日の一曲:
ふぇのたす「ありがたす」(極私的テーマパーソン(パースン):古田敦也)
https://soundcloud.com/phenotas/vq8xrvjfaesj

本文から漏れた所感:
半分弱の人が誤用するんなら、すべからくはもう意味が違って行っていいんじゃないか。話し言葉だと雰囲気を「ふいんき」で通すし、玉子も「たがも」で通用しとるよね。後者の元ネタを分からない人が多数でも一向に構わない訳だが(当然)、マウンティング好きな輩は必須みたいな顔するだろう。無視していいよ。
脇が甘くて不用意に不愉快な思いをさせるのは不本意なので、補足します。その道を極めたい、までいかずとも時間をかけてじっくり奥深く楽しみたい、という分野にはやはりある程度の蓄積が必要なのは間違いない。し、当初はわからないままに詰め込みに近い形しか摂取はないだろうと確信する。肝は、その道で行くのだという確信をもった所で収集するのと、(知的)虚栄心と不健全な競争心(兼邪悪的一番病)を排除するだろうかと、さしあたり結論というか推論しときます。

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