フロベールのように東電、というか日本社会を描くひとが現れないかな。
現れるとすれば、団塊前後の世代からだろうか。
内在的にかかれる必要があるので、いくら力量があっても、例えば村上春樹には荷が重い。
かといって企業や組織でバリバリに働いている(た)人は、中々(業務以外の)本を読む時間も、文章を書く時間もないだろうから、中々難しいだろうけれど。
実現可能性はひとまず置いて、それが必要であることはおそらくたしかの気がする。
別にフロベールに関係なく、ぼくらは「新しい言葉」を待望している。
(フローベールという表記のがメジャー?)
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