2016年7月25日月曜日

引用ノック0884:悪霊03

「何もありません、でも全部揃えます、すっかり、すっかり……」
<あの連中にも心の大きなところはあるんだな!> シャートフは、リャムシンの家へ向いながら考えた。<信条と人間──これは、どうやら、いろんな点でまるで異なった二つのものらしいぞ。[……]>
(中略)
「そら、きみのピストルだ、これを受取って、十五ルーブリよこしたまえ」
(……)
「家内が帰ってきたんだ。十ルーブリ値引きしているんだぜ、まだ一度も射ったことがないのに。さあ、ピストルを受取ってくれ、いますぐ受取ってくれ」
 リャムシンは反射的に通風口から手を伸ばして、ピストルを受取った。そして、しばらくそのままでいたが、だしぬけにまた通風口から首を突き出し、背筋に悪寒の走るのをおぼえながら、無我夢中でつぶやいた。(中略)
シャートフが目をさましたときは、もうすっかり暗かった。(中略)
それは広大なスタヴローギン公園にある、たいそう陰気くさい場所だった。
(後略)

(ドストエフスキー『悪霊(下)』「第三部」「第五章 旅の友」「第六章 労多き一夜」 江川卓訳 新潮文庫、1971年)

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