でも、一人の人間にとって必須なのは罪の責任を感じることではなく、まず社会とのつながりをもつことです。これをあの「罪の自覚」から考えていく行き方は間違っている、ということです。あの「オレには関係ない」ということに権利があるか、ないか、という違い──僕は権利がある、と言い、彼らは権利がない、と言います──はそこから出てくるのです。
(中略)
赤ちゃんがいます。ある時、彼が、鏡を見るのです。鏡の向こうに変なものが映って動いている。何だろう、と思うんだけれども、ずっとその鏡像を見ているうちに一つの反転が起こる。そこに何かヒトの形をしたものがある。彼は、「あ、これが自分なのか」と思う。「バラバラな身体」としての自己から、空中ブランコのようにして、いわばその鏡像を先取りするように──「ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳でいう「ゲーテ」さながら──その鏡像(ギョーテ)に投身してこれを自分として認める、そういうことがそこで起こっているんだ、そうラカンは言うのです。
(中略)
『銀河鉄道の夜』は、なぜ忘れられないか アルマンとフレデリックの劇という考え方が僕の中に生まれた時、すぐに思い浮かんだのが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でした。
(中略)
村瀬さんは、このシーンに着目した。そして、いつから子どもは、自分の友だちが自分の前で川にはまった時、「大変だよ! ××ちゃんが川にはまったよ!」と後ろを向いて大人を呼ぶのではなくて、自分その声を引き受けて、水の中に入り自分で助けようとするのか、という問いを立てた。これが「いつ子どもは少年になるのか」という村瀬さんの問いなのです。
(……)ここにあるのはつまり、アルマンとフレデリックの劇なのです。
(中略)
僕は宮沢賢治という人のことを考えるんです。宮沢賢治という人はかなりとんでもない人というか、困った人で、世界のすべての人が幸せにならなかったら自分は幸せにならない、なんて阿弥陀様みたいなことを考えている人ですね。純粋フレデリックみたいな、非常に極端な人なんです。アルマンというのは、この逆ですね。ここで、人は自分だけのことを考えて生きていてもいいんだという、もう一つ別の場所を示しています。(……)でも、そういう宮沢の書く『銀河鉄道の夜』が僕たちの心を打つのは、こうした自己犠牲の心の美しさのせいじゃありません。この作品はそういうもので僕たちに働きかけてくる作品じゃないのです。
ここにはどういう力学が働いているんだろうか。
この川の場面に出てくるカムパネルラのお父さんの博士の造型が、ここで一つのヒントになるでしょう。博士がどんなふうに描かれているか。みんなは、どこかからカムパネルラが「ぼくずいぶん泳いだぞ」と言って出てくるんじゃないかと思って待っている。するとポツンと、博士が言います。「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」(中略)
自分の子どもがいま川に溺れて、生き返ってくるか、こないか、という時なんです。そういう時でも、この博士は、「堅く時計を握」り、自分のそういういてもたってもおられない気持を抑えながら、でも、「あなたのお父さんはどうしました? 明日遊びに来てくださいね」とジョバンニに平常心で言うのです。ここにいるのは、極度に自己を抑制できる、抑制してしまう、あの宮沢賢治の一面を髣髴(ほうふつ)とさせる超フレデリックのような人ではないでしょうか。
(中略)
ここで、もう一度あの宮沢賢治のことを思い返してみましょう。宮沢賢治にとって童話とは何だったでしょうか。この人はたしかに、この世の責任を全部自分が引き受けなきゃいけないというようなことを誰よりも強く思っていた人です。(……)
彼の素晴らしいところは、彼自身はそういう人間でありながら、自分の中にある、このフレデリックとアルマンの、その二つの像の間の劇というものに目を注いだことです。一方は、人のために死んでもいい。一方は、自分のために生きていてもいい。でも、彼はこの劇をどのようにして取り出しているか。この童話の主人公は、やっぱりジョバンニなんです。他人のことを考えたい。でも、お母さんに牛乳を飲ませなくてはならないし、お父さんはいない。自分のことだけで精一杯だ。そういう形でジョバンニを自分の中から取り出せた時、宮沢からこの希有な傑作が生みだされました。
この最後のシーンは、そういう意味で何度読んでも心に残ります。そこでは、自分の子どもがいなくなってしまった博士と、自分のお父さんがいないジョバンニが、ちょうどはすかいの関係で向かい合っています。(後略)
(加藤典洋『戦後を戦後以後、考える ノン・モラルからの出発とは何か──』 岩波ブックレット 1998年)
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