2018年1月29日月曜日

引用ノック0956:集団的な利己心

(……)文明は、ある程度の勢力と複雑さとを具えるようになると、発展を中止する。もはや発展の余地がなくなるやいなや、急速に衰えずにはいないのである。やがて老朽期がおとずれるであろう。
 この避けがたい老朽期の前兆は、常に、種族の精神の支柱となっていた理想の衰微ということである。この理想が弱まるにつれて、これに活気づけられていた宗教上、政治上、社会上のあらゆる組織がゆるぎはじめる。
 理想が次第に消滅するにつれて、種族は、その団結と統一と勢力との源泉となっていたものをますます失って行く。個人の人格と知能は、高まるかも知れないが、同時に、種族としての集団的な利己心は、極度に発展した個人的な利己心にとってかわられて、気力の減退と行動能力の低下とが、それに伴うのである。(……)かつては一つの民族、一つの統一体、一つの全体を形づくっていたものが、遂には団結力のない個人の寄り合いと化してしまう。もっとも、この寄り合いは、伝統や制度によって、人為的になおしばらくのあいだは維持されはする。そのとき、人々は、それぞれの利害関係と願望とに応じて、たがいに分裂し、もはや自治の能力を失って、ごく些少な行為までも指導されることを求め、そして、国家が、吸収的な力をふるうのである。
 旧来の理想を遂に失うと、種族は、その精神をも失ってしまうのである。(……)それでもなお、文明は、はなばなしく見えることがあるかも知れない。それは、永い過去によって創造された外観を保っているからである。(中略)
 一つの夢を追求しながら、野蛮状態から文明状態へ進み、ついで、この夢が効力を失うやいなや、衰えて死滅する。これが、民族の生活が周期的にたどる過程なのである。

(ギュスターヴ・ル・ボン『群衆心理』 櫻井成夫訳 講談社学術文庫、1993年: 1895, ”La psychologie des foules” by Gustave Le Bon)

0 件のコメント: