2016年12月23日金曜日

鍵盤一打H281222木:

七五二

 雨。冬至翌日、寒く感じる一日だった。

 あすは音楽かけながら、部屋を片付ける。腰重い。諸事山積。

 昼、玉葱ハンバーグ。
 朝は複勝元返しの即席焼きそば。よっちゃんいか味。まずかった。ネギを少々入れる。[それぞれ単体ではうまい。]

温読書歴143: 舞城王太郎『熊の場所』 講談社、2002
>短編集。
表題作「熊の場所」、「バット男」、「ピコーン!」を収録。
どれも一定の水準以上だが、自分は「バット男」がよかった。
徹底的に不毛な、醜い行い。
自分をどうか「バット男」にしないでください、という切実な訴え。
表題作もいいし、「ピコーン!」もけっしてできはよくないが光るところあり。
……結局は、ある程度あらすじなりを書かないと、読んだ人向けで広がりがないですね。いっぽう、読んだ人がみても「ふーん」で終わるだろうという。
──記憶を辿ると、リベンジを自分に誓う「熊の場所」が白眉のはず。フォークナー「熊」、某ヒグマドン、某白鯨など巨大生物狩りには独特のロマンがある。
+:『老人と海』の印象が強いであろうヘミングウェイではありますが。『日はまた昇る』はマッチョ感の希薄な、ロードムービー的な中篇小説で、川で魚を釣るシーンがなかなか自由な感じ漂っています。魚が鱒だったかどうかを忘れました。闘牛が出てくるのもよい。自分は、好きなテイストの小説。
存外、女性の方が読んで楽しめるのでは、と思う。
戦争帰りで不能に陥ったこの男主人公、立派であるのだが、その立派さがどこか女性的な感じとつながっていると見受けます。『新宿アウトロー~』の原田芳雄のような、一歩引いた行動規範や美意識で生きてるフシがあります。
あぶさんの本棚に置かれている作家、というのが妥当な位置づけかもしれない。そのあぶさんと通ずる所がある、というと脳筋ではない感じが伝わるでしょうか。

++(素案、メモ):
思うにマッチョはよい。軟派もよい。雑な言葉と分類だが、仮に、前者は『老人と海』、後者は『日はまた昇る』としましょう。
両方の滋味が不調和を起すと、読者をゲンナリさせうる。たとえば『誰がために鐘はなる』や『武器よさらば』はそういう要素があって、これが一般的なヘミングウェイのイメージだろうか。脇の甘い控えではあるが、目を伏せつつさらして行く。

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