それに応えて駿足アキレウスがいうには、
「ラエルテスが一子、ゼウスの血筋につながる機略縦横のオデュッセウスよ、わたしとしては、自分の思う通りを、そして必ずそうして見せる自信のあることを、なに憚らずはっきりといわねばならぬ。(……)わたしは、肚で思っていることと、口に出していうことが違うような男は、冥府の門と同様嫌いなのだ。(中略)
そういう女の中から気に入った娘を妻にしよう。
国許にいた頃は、いつかわたしに相応しい女を正妻に迎え、ペレウス老が貯えてくれた富で楽しく暮らしたいと切に願っていたものであった。見事な町イリオスが、まだアカイアの子らも来ず平和であった時、貯えていたという財宝のすべても、lまた岩山のピュトの地に、弓を射るポイボス・アポロンの杜の石畳(いしだたみ)が納めている宝のすべても、わたしにとっては命と換える値打ちはないからだ。牛や肥えた羊ならば奪うこともできる。三脚釜や栗毛の馬は買うこともできる、しかし人の命の息吹きは、一たび歯の垣を越えてしまえば、奪い返しも、買い戻しもできぬ。
わたしの母、銀(しろがね)の足の女神テティスの話では、わたしを死に導く運命の道は二筋あるという。ここに留まってトロイエの町を攻め続けるならば、帰国の望みは絶たれるが、不朽の名誉が残る。またもし懐かしい故国に帰る場合には、輝かしい名声は得られぬが、命は長く、死はすぐに訪れぬであろうという。(後略)」
(ホメロス『イリアス』「第九歌」 松平千秋訳)
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