やがて勝は、この物語[『新・座頭市』「冬の海」]は実話が基になっていると語りだす。ある少女との出会いこそがこの物語の「デッサン」なのだと。
<どうしてこの物語を作ろうと思ったかというとね。俺は東京にいた時に混血の少女に会ったんだ。二十二歳くらいでソバカスのある、あまり器量のよくないコでね。俺の友達が連れてきたんだけど、俺のファンらしくて。それで「俺はこれから競馬に行く」って言ったら「じゃあ一緒についてっていいですか?」と言うんで連れてったんだよ。
そうしたら競馬の間じゅう「先生、今度の映画は……」とか「あたし、来年は……」とか言ってたけど、俺は聞き流してたんだ。で、帰りに「よかったら、また連れて行ってくださいね」と言うんで「ああ、いいよ」と言って別れて、それでもう、その子のことは忘れちゃったんだよ。それが春で。夏が過ぎて冬になった時に思い出して、その友達に「あの時に競馬に行ったコがいたろ。いっぺん電話してみよう」と言ったら「いや、ダメですよ」と。「なぜ」と聞いたら「もう死んでます」って言うんだよ。
「あのコは、あの時すでに夏に死ぬことになっていたんです。知らなかったんですか?」
「……知らないよ。あの時は来年の話をしていたしさ」
「あのコは、そういうコなんですよ」
……という話が印象に残っていたんだ。(後略)>
(春日太一『天才 勝新太郎』「第一章」)
(※[]内は引用者による補足)
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