ハヤトは今日も競馬場で楽しくやっていたが、耳に流れこんできたのは世にも奇怪な野球中継。なんと選手がたりなくなってしまったのだ。しかし、コーチには秘策があった……。
コーチの主張は要するに八人でごまかそうということであった。
「しかし、スコアボードはどうするんですか、あれは一発でばれてしまいますよ、コーチ」
ヨシノブが言った。
「そこだよ、ヨシノブ。これは良い質問ですね。そこの所が常に凡人と非凡人の別れ道なのですよ。一見不可能な事を可能に出来るかどうかがね。無論、こうやって話しながら答えを考えている訳ではありませんよ。……しかし、良い質問ですよ、コレは。……。ああそうだ、思い出した! スコアボードだけどな、…ああ、オレってつくづく天才だなあ。天才ですよコレは」
「天才は分かりましたから、早く教えて下さい、コーチ」
「オー・ケイ。天才的なヒラメキを発表しますよ。その前に、これだけ答えてくれ。巨人軍のコーチはどんな人間だ、言ってみろ」
「天才です」
「オー・ケイ。オレは素直な奴が好きだから教えてやろう。小刻みにゆらすのですよ、ヨシノブ」
「ゆらす? スコアボードを?」
「左様。10円玉を2枚重ねて素早くこすると、3枚に見えるでしょう。それの応用ですよ、ヨシノブ。2枚が3枚に見えるのなら、8人が9人位は訳のないことではないですか、ヨシノブ」
「………」
ヨシノブは家に帰りたくなった。
「しかし、次の日の新聞は?」
「非常に良い質問です。まったく、今すぐお前の首をしめてやりたい位良い質問ですよ。もちろん大量に人を雇って、次の日の新聞は一紙残らずゆらしますよ。小刻みに」
「スコアラーは? 公式記録員は?」
「ゆらします。小刻みに。全てはうまくいきますよ、小刻みにやれば」
コーチの遠大なる構想に圧倒されつつも、千葉県人特有の粘り強さで何とか持ちこたえ、ヨシノブは慶應大学で習った経済学を駆使した。日本全国で少なくとも五百万部の新聞が明日の朝になれば読まれるだろう。ということは、1人100円で雇ったとして、5億円かかる計算だ。それに、今日び100円で雇われる人間が五百万人もいるか? どうやって探す? ……頭痛が襲ってきた。帰りにバファリン買ってから帰ろう。常人の24倍のスピードで思考を展開していたヨシノブが様子をうかがうためにセンター方向を見やると、既にスコアボードがプルプルとゆれていた。
(続く)
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