メモ:
自分は通読(通観)したことないんですが。
平家物語を読んだり、大河の関が原ものを見ていて、(今回は平家勝たないかな)とか(西軍今度はいけるでしょう)みたいな感想を抱く人は、いますでしょう。
随時再読もたのしいですが、これに加えて”陽気なヴッツ先生”よろしく、余白以外にも、平家が大逆転したり、西軍の小早川が二度裏切ったりする(←その後の小早川の不甲斐なさで江川卓が一念発起して現役復帰へ向う)物語を随時随時、加えていくとよいでしょう。
上の着想は人の受け売りなんですが、参照元がパッと出てこないので、受け売りであることだけ、ことわっておきます。たしか一時期、兜を被ってももクロを押してた御仁の思いつきだったような。
設定に粗があること。
J・R・R・トールキン(≒レールウェイズ復活の際には招聘したい助っ人の座No.1)。長大な長大な物語、『指輪物語』──黒沢清もこの物語のファンだという──で、蜘蛛の女王(だか王女みたいなの)が潜む洞窟でサムが放った至言、これが中々思い出せない。(頁を繰るのも面倒くさい。)
ポイントで攻めると、<たいがい、物語というのはどこか満たされないというか、渇きを残すものだ>ということについて、パラライズ状態になる前だかの、フロドの旦那としゃべっていたような。
何十年も命脈を保っていく世界(観)と合わせてためつすがめつして見ると、面白いかもしれませんね(田村玲子が潜り込んでいた授業の教授or講師風)。
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