2016年7月3日日曜日

引用ノック0876:Qui-15;ギター鈴


 かくしてその日も暮れ、夜の十一時ごろになって、ドン・キホーテは自分の部屋にリュートではなくてギターがあるのを見つけた。それを軽くかき鳴らした彼は、格子窓を開いて、庭に人がいるのを確認すると、ギターのフレットにひととおり指をあてて、できるだけうまく音を調えた。そして、ちょっと唾を吐き、咳ばらいしてから、いささかしわがれた、しかし調子の合った声で、次のような、彼自身がその日につくったロマンセを歌いはじめた──

   (……)
   東雲にきざす恋あり
   旅の宿に芽生える恋
   夕べとなれば旅立ちで
   たちまち西空に沈む恋。

   今日訪れて明日は去る
   うたかたの恋ならば
   心の奥処にその面影を
   しかと刻むこともなし。

   絵姿に重ねられし絵姿は
   ぼやけて確と見えもせぬ
   まして最初の姿が艶なれば
   次なるそれは影もうすし。

   わが魂のカンバスに
   くっきり描きこまれし
   ドゥルシネーア・デル・トポーソ
   どうしてそれが消せようぞ。

   (……)

 公爵夫妻をはじめ、アルティシドーラや城中のほとんどすべての人間がドン・キホーテの歌に耳を傾けていたが、彼の歌がここまで来た時のことである。突然、上階の回廊の、ドン・キホーテの格子窓の真上にあたるところから一本の紐がするすると下りてきて、その紐には百個をこえる鈴が結びつけられていた。それに続いて、中に猫がひしめく大きな袋が吊りおろされ、手のこんだことに、これらの猫の尻尾もまた、いくぶん小さめの鈴がつけられていた。(……)
(後略)

(セルバンテス『ドン・キホーテ 後篇(二)』「第46章」 牛島信明訳 岩波文庫、2001年)

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