2016年4月25日月曜日

鍵盤一打H280422金:

五〇四

 この日は完全に忘却の彼方に。たいしたことはしてない筈だ。

 レオパルドンといえば秒殺がまず思い浮かぶタイプに自分も入るが、どうも東映スパイダーマンでの彼(?)は重要らしい。


 熊本の地震について今考えていることを記しておく。たいした主張じゃないが。至極ふつうの声明なり演説を、見識に富む人間(政治家が理想)が、多くの人間に伝わる形で定期的に出したらいいと思う。過度な方向付けをしないというのは至難だろうけど、平明なことばで複雑なラインを伝えてナンボ、それが仕事の人たちもう少しがんばってよ、という思いはある。今回の災害に限らず、経済なり社会の問題なりについて大きな見立てと、これこれの価値観に基づいてこういう未来に寄せて行きたいという考えが(抽象度高くて全然構わないので)提出されてない傾向は感じる。他人事のように記す自分も不甲斐ない。
 構想や所信を表明したら叩かれて草の根一本生えなくとも、やはり叩き台として汚れ仕事として必要なのだ、と思うが。このひとは立派だ、と一目置いているような人物が鈴を付けに行って叩かれるのは想像するだにつらい。つらいからこそ、そのつらさに耐えるべく見立てが必要だと循環成ったところで今夜(のブログ)はここまで。以上です。

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