しかしもしかすると、それはすべての愛にも起こることではなかろうか。
だが、わがドン・キホーテよ、落胆してはならぬ。汝の孤独の狂気の道を歩め。幸運にめぐり合わなかったからといって落胆するな。幸福に出会わなかったからといって気を落とすな。汝の十二年にわたる悲願を汝のアルドンサの胸の中で満たすことができなかったからといって失望するでない。
(中略)
十二年間にわたるつつましさ、長い孤独の夜と不条理な希望のうちに培われたつつましさ、きわめて大きな恐れとかつて見たこともないような小心によって養われたつつましさ。彼の愛のあまりの大きさが彼をつつましい人間にしたのであり、彼はただ一つの言葉さえ彼女にかけたことがなかったのである。
どうかこの出会いの物語を読み続けていただきたい。そしてあなたがた読者諸氏自らがそこに含まれている精髄を引き出してもらいたい。私にとってそれはあまりに悲しいことであるので、それをさらに続けるためには想像力が枯渇してしまいそうであるから、話題を変えようと思う。あなたがた自身、小娘がドン・キホーテに与えた粗野な答えを読んでもらいたい。また彼女の乗っていた牝ろばがどのようにして跳ねて彼女を地面にふりおとしたか、そしてドン・キホーテが彼女を助け起こそうと駆けつけても、彼女はそれを避けて、一跳びで牝ろばにとび乗り、彼に生にんにくの臭いを吹きかけ、それで彼の魂をぼうっとさせ毒気にあてたかを読んでいただきたい。この哀れなアロンソの殉教は、苦痛なしに読むことができないものである。
(ミゲル・デ・ウナムーノ『ドン・キホーテとサンチョの生涯』「第10章」(ウナムーノ著作集2) 法政大学出版局、1972年 アンセルモ・マタイス 佐々木孝 共訳)
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