2016年4月14日木曜日

引用ノック0847:Qui-10

すると今度は皆がキテリアを取り囲み、ある者は哀願により、ある者は涙を流すことにより、またある者は説得力豊かな弁舌でもって、哀れなバシリオに手を与え、求婚に応じてもらいたいと、説得にこれ努めた。ところが彼女のほうは、大理石よりも固く、彫像よりもじっとしたまま、返事の言葉など思いもつかないし、返事などすることもできなければその意志もないという様子を示した。実際、もしそのとき司祭が彼女に、なすべきことを早く決心しなさい、バシリオの魂はもはや歯と歯のあいだにあって、そんなにぐずぐずして決断を遅らせる暇などないのだからと、忠告しなかったとしたら、彼女はいつまでも返事をしなかったことであろう。
(中略)
「静まりなされい、おのおの方、しずまりなされい。恋愛によってもたらされた恥辱に対して復讐せんとするは道理に合いませぬぞ。恋愛と戦争は同じであることを考えなされ。(……)つまるところ、神が引き合わせたもうた二人を、人間が引き離すことなどとてもできることではないのじゃ。にもかかわらず、あえてそれを企てようとする者があれば、まず最初に拙者の槍にかかるものと覚悟されるがよい。」
 こう言ったかと思うと、激しい勢いで、いかにも巧みに槍を振りまわしたものだから、その様子はドン・キホーテのことをよく知らなかった人びとすべての心胆を寒からしめた。

(セルバンテス『ドン・キホーテ 後篇(一)』「第二十一章」 牛島信明訳 岩波文庫、2001年)

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