以下、尾河直哉訳、白水社『バルザック伝』から備忘録。
読んでるうちは退屈で苦痛すら感じたが、やはり良き資料。
・三人でやればすぐ終わるさ。儲けは山分けといこう。家族ぐるみで書くなんて、これほど自然なことはないじゃないか。(82頁)
・「おまえ、ここでいったい何してるんだ。『人間ぎらい』[モリエールの戯曲]の登場人物でも真似してるのか。」バルザックは答える。「セーヌを見てた。これからあの湿ったベッドで眠るのやめようかって考えてたとこだ。」(95頁)
・だがこれをもってオノレ・バルザックという名が初めて本を飾ることになるのだ。こうして読者の前に仮面をはずした以上、これからどれほどの責任を取らねばならないだろう。彼は思案に暮れる。しかしその思案は、なぐり書きを脱していまや芸術に接近しつつあるという自覚の表われでもあった。(120頁)
・「……つまり『欲する』と『できる』だ。だがな、人間の行うこの二つの所行の間に、もうひとつ賢者だけがつかまえることのできる言葉がある。……『欲する』はわれわれを焼き、『できる』はわれわれを滅ぼすが、ここにもうひとつ『知る』という言葉があって、それがわれわれの脆い肉体を未来永劫まで静謐なままに保ってくれる。……」(『あら皮』ヴァランタン)(145頁)
・小説家にしてジャーナリストのジュール・ジャナンが「女優のジョルジュ嬢を愛人にし、鞭で打たれて喜んでいることは公然の事実」であり、……(194頁)
・喜びを満面に輝かせた女たちが、じつはエゴイズムと二枚舌の怪物に他ならないのである。父親を踏みにじる娘がいるかと思えば、夫を欺く妻があり、愛人に捨てられ泣く泣く身を落とす女がいる。(258頁)
・[一八三六年]六月二十六日は猛暑の日だった。バルザックはマルゴンヌ夫妻と公園へ散歩に出かける。とつぜん彼は眩暈がし、一本の木の根本にくずおれる。卒中である。意識が混濁する。舌が回らない。いよいよおれも脳味噌に見捨てられるのか? また書けるようになるだろうか? 『幻滅』を完成できるだろうか? パニックが彼を襲う。さいわい翌日に体の機能は回復し、軽い耳鳴りが残るだけとなる。『幻滅』は再び軌道に乗る。(276頁)
・「この境遇にはもう堪えられない。フランスを捨てます。ブラジルに行って、狂っているからというそれだけの理由で選んだ狂った仕事をして、そこに骨を埋めることにします。」(ハンスカ夫人宛の手紙から)
・バルザックにとってこの一件[ペーテルの裁判に入れ込んだこと]は、まさに金と時間の浪費に他ならなかった。(332頁)
・彼はじぶんがまだこの世にいるのか、それとも自らの脳髄がすべての登場人物を産み出した《人間喜劇》の世界を動き回っているのか、もはやわからなくなっているのだ。意識を失うまえ、彼は「ビアンションが助けにさえきてくれれば!」と自らの作品に登場する医者のひとりに繰り返し助けを求めたと言われている。(466頁)
0 件のコメント:
コメントを投稿