《ぼくは以前、人から氷の谷に棄てられてね》問いに答えずにかれは言った。《ぼくを棄てた奴はもう滅んで消えてしまった。ぼくもあやうく凍死しかけていたのさ。きみが熱を与えてまた燃えあがらせてくれなければ、すんでのことにぼくも滅亡さ》
《きみが醒めてくれて私は嬉しい。いま氷の谷を出る方法を思案していたところだ。私はきみを連れ出して、永遠に凍ることなく永遠に燃えるようにしてあげたい》
《いやいや! それじゃぼくは燃えきってしまうよ》
《燃え切るのは残念だ。ではやはり、ここに残しておこう》
《いやいや! それじゃぼくは凍死してしまう》
《では、どうすればよい?》
《ところで、きみ自身はどうするつもり?》かれは反問した。
《言ったじゃないか、私は氷の谷を出たい……》
《じゃ、ぼくはいっそ燃え切ろう!》
彼は赤い彗星のように躍りあがると、私もろとも氷の谷からとび出した。
(魯迅「死火」 『野草 改訳』竹内好訳 岩波文庫 太字は引用者による)
0 件のコメント:
コメントを投稿