2011年3月8日火曜日

引用ノック0121:堕罪

 プラトンの権威ある翻訳集についている、語い表というのがある。プラトンがじぶんで作った定義集だといわれているが、そのなかに、次の用語解説がある──
 「自然の堕罪。自然の性(さが)に合致した堕罪をいう」
 この定義には、どこかカルヴィンの教条の臭いがするけれども、けっしてカルヴィンの説く全人類原罪説を意味しているのではない。明らかに、適用の範囲を個人に限定する意図だ。(中略)なぜならば、自然の堕罪とは、破壊者(あらくれもの)といわれている獣性のような、あんな卑俗な本能の合成なんかではなくて、つねに知性が圧倒しているような堕罪なのだから。(中略)つまり、そこでは堕罪は、君子の徳という隠れ蓑を着て、とぐろを巻いている。(中略)それは、まじめで、厳粛だ。といって、辛らつの味はまったくない。人類に向って、阿諛迎合はしないけれども、人類の悪口はけっしていわない。これがこの堕罪の特徴だ。

(メルヴィル『ビリー・バッド』 岩波文庫 坂下昇訳)

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