2016年12月21日水曜日

鍵盤一打H281220火:

七五〇

 曇りのような晴のような天気。診察ひとつ。

 昨日の朝、玉子と肉を炒めておかずにした。野菜が入っていないが皿に盛ったので、『ニンゲン合格』の野菜炒めフライパン直食いといってこい。つくりおきしないことを、アホと呼ぶしかない。朝早く、後半てき面にバテる。

温読書歴141:  芥川龍之介『歯車──他二篇』 岩波文庫、1979
……加筆事項(リンク)は最下部にあります。
>「玄鶴山房」は厳格だけじゃなくて、幻覚ともかけてるのか。吃驚するくらい厭な話。「歯車」は、終わりだけじゃなくて、まーたしかに凄い短編なんだろうと思う。コリン・ウィルソン『アウトサイダー』のような読中感も。オレステスが出てきたり、本当に仄かだが、あかるい兆しもないではなかった。「或阿呆の一生」にはある種の清清しさを感じる。思ったよりかは陰々滅々としてなかった。が、疲れている人は元気なときに読むといいですよ。
>「或阿呆の一生」と「歯車」のラストを。みじかい。一、八、七、四七(重純殺)、四九(剥製の白鳥) 暗さに色々あり。

+:
記憶のあてにならなさを痛感。一読ごとに感想違いすぎるだろう。所詮は「小」説だしフィクションなので、”ガチガチに外堀を固めて理解魔みたく把握しようとするのも『アカルイミライ』の工場長みたいないやらしさもあるから、良し悪しだな”と自分は思っているけれど──、それにしてもヒドイね。お粗末。 >「歯車」の記憶 ほか二項
http://2boy-yakyu.blogspot.jp/2016/04/blog-post_51.html

箇条書き3:
・屍超えてナンボの精神か。
・別れ予感絡みで連想すると、デビルマンは健康的だった。
・『アカルイミライ』のコピー指導シーンは素晴らしい。

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