2016年6月7日火曜日

引用ノック0865:Qui-13

そして部屋に入って扉を閉ざすと、ドン・キホーテはサンチョをほとんど力ずくで自分のかたわらに座らせ、静かな声で話しだした──
「友のサンチョよ、わしが何らかの幸運に恵まれる前に、お前がこのような僥倖にめぐりあい、それを手にするにいたったことに対し、わしは神に限りない感謝を捧げるものじゃ。お前の奉仕に報いる支払いをこの腕の武運にゆだねていたこのわし自身の立身出世はまだ緒についたばかりであるのに、お前の大願は早くも、本来の順序の法則に反してかなえられつつあるのだからな。世間の多くの者達が賄賂をつかい、しつこくせがみ、懇願し、夜討ち朝駆けなんのその、ねだりまくって、ねばりにねばっても、それでもなお望むものを手に入れることができないでいる。なのに、そこへほっこり別の男が現われて、どうしてなのかその内情は分からぬまま、大勢の者があれほど望んでいた地位と職務をさらってしまう、などということがある。したがってこのような場合、《請願に関しては運不運がものを言う》という諺がぴったり当てはまるのじゃ。サンチョよ、わしの目から見ればお前は疑いもなくうすのろで、早起きするのでもなければ徹夜をするでもなく、何ひとつ精魂こめて努力することもない。それにもかかわらず、ただただ遍歴の騎士道の息吹きにふれたおかげで、まるでちょっと手を伸ばして棚の物を取ってくるように、一つの島の領主におさまったのじゃ。よいかなサンチョ、わしがこんなことを言うのは、お前が手にした恩恵を、くれぐれも自身の功績によるものだなどと思いあがることなく、いかにも慈悲深く物事を運びたまう天のおかげと考えて心から感謝を捧げ、さらには遍歴の騎士道が内に秘める威徳に感謝してもらいたいからじゃ。さて、わしがいま言い聞かせたことを素直に信じようという気持になったなら、おお、わしの息子よ! これからお前のカトーが与える忠告の数々を心して聞くがよい。すべては、お前がこれから船出しようとしている荒海を無事に航海し、安全な港に入るための北極星とも羅針盤ともなるものじゃ。というのも、重大な地位や職務というのは、混乱の渦まく深い海原にほかならぬからな。
 まず、第一に、おお、サンチョよ! [……]」
(後略)

(セルバンテス『ドン・キホーテ 後篇(二)』「第42章」 松平千秋訳 岩波文庫、2001年)

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