代助は此所まで述べてみたが、元来が御世辞の上に、云う事があまり書生らしいので、自分の内心には多少滑稽に取れる位、気が乗らなかった。平岡はその返事に、
「いや難有う」と云っただけであった。別段腹を立てた様子も見えなかったが、些とも感激していないのは、この返事でも明かであった。
代助は少々平岡を低く見過ぎたのを耻[恥]じ入った。実はこの側から、彼の心を動かして、旨く脂の乗った所を、中途から転がして、元の家庭に滑り込ませるのが、代助の計画であった。代助はこの迂遠で、又尤も困難の方法の出立点から、程遠からぬ所で、蹉跌してしまった。
(夏目漱石『それから』「十三」 新潮文庫ほか)
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