2015年6月8日月曜日

引用ノック0741:死後(子規)

 去年の夏も過ぎて秋も半を越した頃であったが或日非常な心細い感じがしてなんだか呼吸がせまるようで病牀で独り煩悶していた。この時は自己の死を主観的に感じたので、あまり遠からん内に自分は死ぬるであろうという念が寸時も頭を離れなかった。こういう時には誰れか来客があればよいと待っていたけれど生憎誰れも来ない。厭な一昼夜を過ごしてようよう翌朝になったがやはり前日の煩悶は少しも減じないので、考えれば考えるほど不愉快を増すばかりであった。しかるにどういうはずみであったか、、この主観的の感じがフイと客観的の感じに変ってしまった。自分はもう既に死んでいるので小さき早桶の中に入れられておる。その早桶は二人の人夫にかかれ二人の友達に守られて細い野路を北向いてスタスタと行っておる。(……)やっと棺桶を埋めたが墓印もないので手頃の石を一つ据えてしまうと、和尚は暫しの間回向してくれた。(……)付添の二人はその夜は寺へ泊まらせてもろうて翌日も和尚と共にかたばかりの回向をした。和尚にも斎をすすめその人らも精進料理を食うて田舎のお寺の座敷に坐っている所を想像して見ると、自分はその場に居ぬけれど何だかいい感じがする。そういう具合に葬られた自分も早桶の中であまり窮屈な感じもしない。こういう風に考えて来たので今までの煩悶は痕もなく消えてしもうてすがすがしいええ心持になってしもうた。(後略)

(正岡子規「死後」、岩波文庫『飯待つ間』ほか収録)

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