そしてアテナの計画するオデュッセウスの帰郷譚は、それまでどの詩人がうたった類似のテーマの叙事詩よりもあたらしく、すぐれていることが、対照的に浮かびあがるように工夫されています。しかし、アテナの計画とは、どのようなものでしょうか。ほかならず、今日私たちに伝えられている『オデュッセイア』の筋立──いや、その第一の前提である「テレマキア」ではないでしょうか。(……)フェミオスの聴衆はしずまりかえってただ耳を傾けているだけです。かれらにとってはアカイア人たちの「帰郷」は、すでに過去の出来ごとになってしまっています。(……)かれにとってオデュッセウスの帰郷は、ちからと思慮の源泉となります、そしてかれの行動意慾に働きかけます。それはまだ生じていない、未来の可能性に委ねられた出来ごとですが、テレマコスが自ら参加することによって実現に近づく、大きい希望があります。
(久保正影『「オデュッセイア」 伝説と叙事詩』 岩波セミナーブックス3)
0 件のコメント:
コメントを投稿