「(……)ところで、いよいよ二人が一同に要件を告げ、意見を陳(の)べる段になった時、メネラオスは淀みなく弁じた。言葉は少なかったが、はっきりした口調であった。もともと彼は多弁ではないが、話の的を外すような男ではない。それにまたオデュッセウスに比べれば年も若かった。ところが知略すぐれたオデュッセウスがつと立ち上がった時はどうであったか──彼は立ったまま眼をじっと地上に俯(うつぶ)せて面(おもて)を上げず、杖も前後に振るでもなく、それをどうやって扱ってよいか判らぬ呆(ほう)け者のように、ただぐっと握りしめているばかり。すねてふてくさっているのか、それとも智慧のないただの野呂間(のろま)かと思われても仕方ない様子であった。ところがやがて、その胸の中からほとばしる声も朗々と響いて、さながら冬の日に降りしきる雪もかくやと思われるほど、言葉が隙(ひま)もなく流れ出すに及んで、もはや天下広しといえども、オデュッセウスに比肩し得る弁士はほかにおるまいと思われた。こうなるとわれらももはや、彼の外見に惑わされることはなくなった。」
(ホメロス『イリアス』「第三歌」 松平千秋訳)
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