涙がそのよごれた顔を伝いはじめた。おりおり彼は、泣き顔を見られた腹立ちをこめ、横目でビフとシンガーを見やった。たしかにいたたまれない光景だった。ビフは唖に向って肩をすくめて見せ、《どうしたらいいんだろう?》の表情で眉(まゆ)を上げた。シンガーも頭をかしげた。
ビフは困惑しきっていた。いったいこの場をどう処理したものか考えあぐねていたのだ。ビフのまだ腹のきまらぬうちに、唖はメニューを裏返し、それに書きはじめた──
もしこの人に行き場所がないなら、わたしがつれて帰ってもいいです。とりあえず、スープとコーヒーでもあげたらいいと思います。
ほっとしたように、ビフは元気良くうなずいた。
(マッカラーズ『心は孤独な狩人』36-37頁:河野一郎訳、新潮文庫、1972年)
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