2016年7月3日日曜日

引用ノック0874:Qui-14

ドン・キホーテはこれだけ言うと、格子窓をぴしゃりと閉めた。そして、あたかも何か重大な災難に見舞われでもしたかのような、いらだたしくも悲痛な気持でベッドに横たわったが、われわれはしばらく彼をそのままにしておくことにしよう。評判を呼ぶことになる島の統治にいよいよ着手するサンチョ・パンサが、われわれを呼んでいるから。
(中略)
 執事がこんなことを話しているあいだ、サンチョは自分の席の真向かいの壁に書かれている数多くの大きな文字を眺めていたが、彼は字が読めなかったので、いったいあの壁の模様は何かと尋ねた。返事はこうであった──
「領主様、あそこには閣下がこの島の領主として就任された日付が明記されておりまして、銘文には《本日、某年某月某日、ドン・パンチョ・パンサ殿、本島を領有せらる。いく久しく統治されんことを》と、ございます。」
「で、そのドン・サンチョ・パンサちゅうのは誰のことだね?」と、サンチョが訊いた。
「もちろん、閣下のことでございます」と、執事が答えた。「ただ今その椅子におかけの方を除いて、パンサという姓の方がこの島にお入りになったことは一度もありませんから。」
「そういうことなら、はっきりさせとくけどね、兄弟」と、サンチョが言った、「わしは《ドン》なんちゅう偉い肩書きはもっちゃいねえし、わしの血筋で《ドン》のついた者はいねえよ。わしの名はただのサンチョ・パンサで、父親(てておや)もサンチョなら祖父様(じいさま)もサンチョで、そいで、みんな《ドン》みたいな添えものなしのパンサだったんだ。どうやらこの島にゃ、石ころより《ドン》がごろごろしてると見えるね。でも、いいや、神様はわしの気持をご存じだからね。もしわしの統治が四日も続いたら、蚊(か)みたいにうるさいにちげえねえ、うじゃうじゃしてる《ドン》を一掃するつもりよ。[……]」
(後略)

(セルバンテス『ドン・キホーテ 後篇(二)』 牛島信明訳 岩波文庫、2001年)

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