2016年2月12日金曜日

鍵盤一打H280210水

四三二

 人間、好奇心を失ったら終わりといわれる。数年前、居酒屋で(「仕事終わった?」と電話で聞かれ)「終わってる、終わってる。人生も終わってまーす」というおじさん(俺もおじさんだが)がいたのを不意に思い出した。

 天気よし。寒かった。概ね物事良好も、終盤に油断で計算狂う。寝落ちたし、疲れてたんだろう。点検するとこの日のうちに進めておいたほうが吉な事務もあったが、まあトレードオフで得たものもある。

 長篇がうまくいくとき、加速度(緩急)が必ずある。たしかモームもいってた。長さや時間でなく、そういう長篇短篇の区分があってもいいんじゃないか。と、SEEDを見ていて思う。連続もの、長篇でなくては出来ないことがある。逆にいうと、それがあればボリューム少なくても長篇だと自分は思ってる。どの分野でも慣れてくると完成度と並行して可能性をみるようになる。若いときに引き算が強いのは当たり前で、感性がつよいともいえる。が、年経て美意識がかたまってくることを手放しに歓迎も出来ない。
 うだうだ書いたが、美意識のところへ価値観を代入すれば、割と生活や人生と密接な血に足の着いたはなしにも敷衍できるかと。
 こちらからは、以上です。

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