(……)もともと「テーブル下」という詩の本は、これを読んでみろと校長の婿が岸野先生に貸したものである。貸しさえしなければ今度の間違いは起らなかつたろう。新聞社へ投書をしたのも校長の婿かもわからない。
まるで校長と婿が共謀して、岸野先生をひどい目に逢わしたような結果になつてしまつた。事実、共謀したと疑われても仕方がない。ことに日ごろから、婿と舅の折合がいいのがその疑いを招く的である。
「これが飲まないでいられるか。」
そういう気持で、婿と舅は毎晩のように福永市の酒場を飲み歩いていた。ぐでんぐでんになつていることもあつた。
だが、世間の口は煩いものである。沢田校長も婿さんも酒が好きだから、今度のことを口実に天下晴れて飲み歩いていたという人もいるそうだ。
(井伏鱒二「プロローグとエピグラフの間違い」、筑摩書房『井伏鱒二全集 第二十一巻』所収)
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