2015年3月17日火曜日

引用ノック0716:

○病勢が段々進むに従つて何とも言はれぬ苦痛を感ずる。それは一度死んだ人かもしくは死際にある人でなければわからぬ。しかもこの苦痛は誰も同じことと見えて黒田如水などといふ豪傑さへも、やはり死ぬる前にはひどく家来を叱りつけたといふことがある。この家来を叱ることについて如水の言ひわけがあるが、その言ひわけは固より当(あて)になったものではない。畢竟は苦しまぎれの小言と見るが穏当であらう。陸奥福堂も死際には頻りに細君を叱つたさうだし、高橋自恃居士も同じことだつたといふし、してみると苦しい時の八つ当りに家族の者を叱りつけるなどは余一人ではないと見える。(中略)この日はかかる話を聞きしために、その時まで非常に苦しみつつあつたものが、俄に愉快になりて快き昼飯を食ふたのは近頃嬉しかつた。
 無事庵の遺筆など見せられて感に堪えず、われも一句を認めて遺子木公に示す。
鳥の子の飛ぶ時親はなかりけり
(五月二十八日)
(正岡子規『病床六尺』「十六」)

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