オノレには法曹界の真っただなかに身を沈めることが初めからとてもうれしかった。この新しい境遇でいちばん気に入っているのは、人間のさまざまなドラマに直接かかわる機会が得られることだ。名だたる偉人たちのうちに発するにせよ、貧しい人々のあいだに起こるにせよ、こうしたドラマは、根深い憎悪、ひそかな敵対、嫉妬の発作、交渉の駆け引き、仮面の下の希望を暴き出してくれる。書類を丹念に調べてゆくうちオノレは、訴訟の妙はもちろんのこと、とりわけ、他人の運命のときに滑稽な、ときに痛ましい姿を学んでゆく。どの書類の山にも一編の小説が隠されていて、彼が視線を注ぐと、とてつもない登場人物たちが立ち上がり、息づき、己の宿命に呻吟しはじめるのである。ここほど裸形の小宇宙を感じられるところは他にはない、とオノレは思う。ときには、きれいな文字で書かれた行間から立ち上る、家族のもっとも秘めやかな匂いさえ鼻にしているような思いがする。こうしてオノレは書類の登場人物たちに付きまとわれるうち、自分とは無縁な人々の生活をこっそり追跡するよう強いられているような、自分がいま読んでいる件の依頼人に半ばなってしまったような、自分自身の人生が消えうせてしまったような、宇宙全体に悪夢さながら頭の中へ押入られてしまったような、そんな気がするのだった。
(アンリ・トロワイヤ『バルザック伝』「4 パリ、ナポレオンの帰還、法律屋たち」尾河直哉訳)
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