野球にも、光と影がある。
光の軌跡にあたるものが、記録だ。
(中略)
ひとり好きな選手がいると、どうしてもその選手ばかりを見るようになる。その選手のことばかりを知るようになる。ということは、必然的に、他所に配る目線が少なくなるわけで、野球というゲーム全体の流れが見えないなどという以前に、チームの他の選手のことさえ考えの暗がりに入ってしまっているわけである。
その、重点的にスポットライトを当てて見ていた選手が、ミスターなどと呼ばれるものでなかったら、例えば「準ミスター」であるとか「ブルペン・エース」または「壁際の魔術師」「バントの鬼」なんてものであったら、私のじんせいは、まったく違ったものになっていたのだろうと思う。
(中略)
野球観戦の方法が、私の性格をつくってしまったと言い切るわけにはいかないが、その後の自分が好きになったもの、好きになる過程などを考えてみると、どうも、共通するものがありそうだ。
それは、言ってしまえば、いつでもごちそうの並ぶ食卓に座りたい、というようないけ図々しいテーマに貫かれている。
(中略)
影の部分については、いろんな人がそれぞれの想像力を働かせて、重すぎるほどの意味を背負わせているので、とりあえず私の分野ではないと思っている。
(i「ベースボール|baseball」、村上春樹 糸井重里『夢で会いましょう』所収)
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