人麻呂はやさしい人物だった。宮子を、そしてほかの多くのうたづかいたちを愛していた。天才的な歌人で、優秀な官吏で数理魔術の理論家で、その才能から多くのひとに怖れられ、また期待も集めていたが、本当はただのうた好きのロマンティストで、そのような本質と外見のズレを解消するためにあえて軽薄で下品な服装をまとう、それぐらいには繊細な人物だった。
ぼくの耳許に、半年前の史の言葉が甦った。
──わたしはいつも、その才能に嫉妬してきた。
嫉妬。
あのときのあの言葉に宿った独特の暗さは、あれはなんだったのだろう。
(東浩紀「パラリリカル・ネイションズ」第五回『papyrus』2012年4月号収録)
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