私は東京の事を考えた。そうして漲(みなぎ)る心臓の血潮の奥に、活動活動と打ちつづける鼓動(こどう)を聞いた。不思議にもその鼓動の音が、ある微妙な意識状態から、先生の力で強められているように感じた。
(中略)
その極(きょく)あなたは私の過去を絵巻物(えまきもの)のように、あなたの前に展開してくれと逼(せま)った。私はその時心のうちで、始めてあなたを尊敬した。あなたが無遠慮(ぶえんりょ)に私の腹の中から、或(あ)る生きたものを捕(つら)まえようという決心を見せたからです。私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜(すす)ろうとしたからです。(……)それで他日(たじつ)を約して、あなたの要求を斥(しりぞ)けてしまった。
(後略)
(夏目漱石『こころ』 青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/773_14560.html )
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