「未来はさておき、過去の方はどうだ。あれから、何かまた思い出せたかね」
(……)
*
──雅人と自分を撃った警官を追って、左胸に傷を負った伊佐は廊下に飛び出した。
警官は、まさに廊下を逃走していくところだった。
「──待て!」
伊佐は叫んで、その背中に自分の拳銃を抜いて撃つかどうか一瞬考えて、すぐに無理だと判断した。左胸に貫通銃創があっては、銃をまともにかまえるのは不可能だ。
(中略)
「実に──興味深い」
その声は障害物を挟んでいるはずなのに、妙に鮮明に、まるで耳元で囁かれているかのような明瞭さで伊佐に響いた。
なんだ──と彼が思う間もなく、声はさらに続いた。
「これが逃げ出した直後の、現在(いま)の君のキャビネッセンスか──弾丸のない拳銃」
(後略)
(上遠野浩平『長編新伝奇小説 ソウルドロップの幽体研究』 祥伝社、2004年)
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