それから二人は、人間が案じだしたとは到底思われないほどに神秘的なあのメロディーを歌った。ラインハルトのテノールに、エリーザベトのやや含み声のアルトが和した。
母親はその間も熱心な針仕事の手をやめない。エーリヒは手を組んで、神妙に耳を傾けている。歌が終った時にラインハルトは黙って草稿紙をわきへ置いた。──湖の岸べからは、夕暮れの静けさの中を家畜の群れの鈴の音が響いてくる。思わずも聞きいってしまうような音だった。すると澄みきった少年の歌声が流れてきた。
われ高き峰に立ちし
深き谷間を見下ろしぬ──
ラインハルトはほほえんだ。「ね、そうだろう。こんな風に口から口へ伝わっていくんだ」
(後略)
(シュトルム『みずうみ』「みずうみ」 高橋義孝訳 新潮文庫、1953年)
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