「ところで」と、アンセルモが言った、「ロターリオとカミーラがどこへ逃げたのか分かっているんですか?」
「それが杳(よう)として知れないんです」と、市から来た男が応じた、「警察も八方手を尽くして探しているようですがね」
「そうですか。では、あなた、気をつけていらっしゃい」と、アンセルモが言った。
(中略)
そこには次のようなことが記されていた──
《ばかげた、理不尽な願望が私の命を奪った。もし、私の死の知らせがカミーラのもとに届くことがあれば、私が妻を赦(ゆる)していると伝えてほしい。なぜなら、彼女に奇跡を行う義務はなく、また、私が彼女にそれを強要できるはずもないからである。私の恥辱を画策し、つくりあげたのがほかならぬ私自身であってみれば、彼女が責められる謂(いわ)れなど……》
途中で終っていたが、それからしても、アンセルモがここまで書き進んだときに息を引きとったため、文章を完結できなかったことは明らかであった。
(中略)
「この小説は」と、司祭が言った、「なかなかよく書けていると思いますよ。でも、これが実際にあったことだとは、とても信じられませんな。そして、これが作り話だとするなら、あまり当を得た作り話だとは言えませんな。それというのも、アンセルモのように、あれほど危険な実験をあえてしようなどという愚かな夫が存在しようとは、想像もつかないからです。この一件が未婚の若者とその恋人とのあいだのことであれば、まあなんとか成立するでしょうが、夫婦のあいだでは、ちょっと無理というものですよ。その語り口については、別に不満はありませんがね。」
(セルバンテス『ドン・キホーテ』「機知に富んだ郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ 第四部」「第35章 ここでは小説『愚かな物好きの話』に結末がつけられる」 牛島信明訳、岩波文庫)
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