2015年2月20日金曜日

引用ノック0707:野草題辞

 沈黙しているとき私は充実を覚える。口を開こうとするとたちまち空虚を感じる。
 過ぎ去った生命はもう死滅した。私はこの死滅を喜ぶ。それによって、かつてそれが生存したことがわかるから。死滅した生命はもう腐朽した。私はこの腐朽を喜ぶ。それによって、今なおそれが空虚でないことがわかるから。
 生命の泥は地に棄てられ、喬木を生まず、ただ野草を生む。これ、わが罪だ。
 野草は、その根深からず、花と葉美しからず、しかも露を吸い、水を吸い、死んで久しい人間の血と肉を吸い、おのがじし自分の生存を奪いとる。その生存も、踏みにじられ、刈り荒らされ、ついに死滅して腐朽するまでだが。
 だが私は、心うれえず、心たのしい。高らかに笑い、歌をうたおう。
 私は私の野草を愛する。だが野草を装飾とする地を憎む。
 地火は地中を連行し、奔騰する。溶岩ひとたび噴出すれば、一切の野草と、および喬木を焼きつくす。こうして腐朽するものさえなくなる。
 (中略)
 私自身のために、友と仇、人と獣、愛者と不愛者のために、私はこの野草の死滅と腐朽の速やかならんことを願う。そうでなければ、私はそもそも生存しなかったことになる。それでは実際、死滅と腐朽より不幸だ。
 去れ、野草よ、わが題辞とともに!
一九二七年四月二十六日、
広州の白雲楼にて、魯迅しるす。

當我沈默著的時候,我覺得充實;我將開口,同時感到空虛。
過去的生命已經死亡。我對於這死亡有大歡喜,因為我藉此知道它曾經存活。死亡的生 命已經朽腐。我對於這朽腐有大歡喜,因為我藉此知道它還非空虛。
生命的泥委棄在地面上,不生喬木,只生野草,這是我的罪過。
野草,根本不深,花葉不美,然而吸取露,吸取水,吸取陳死人的血和肉,各各奪取它 的生存。當生存時,還是將遭踐踏,將遭刪刈,直至於死亡而朽腐。
但我坦然,欣然。我將大笑,我將歌唱。
我自愛我的野草,但我憎惡這以野草作裝飾的地面。
地火在地下運行,奔突;熔岩一旦噴出,將燒盡一切野草,以及喬木,於是並且無可朽 腐。
(……)
為我自己,為友與仇,人與獸,愛者與不愛者,我希望這野草的朽腐,火速到來。要不 然,我先就未曾生存,這實在比死亡與朽腐更其不幸。
去罷,野草,連著我的題辭!
魯迅記於廣州之白雲樓上

(魯迅『野草』「題辞」竹内好訳,http://www.gutenberg.org/ebooks/25242

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