2014年6月2日月曜日

引用ノック0615:リウーとタルー

「なるほど」と、タルーはうなずいた。「いわれる意味はわかります。しかし、あなたの勝利は常に一時的なものですね。ただそれだけですよ」 リウーは暗い気持ちになったようであった。 「常にね、それは知っています。それだからって、戦いをやめる理由にはなりません」 「確かに、理由にはなりません。しかし、そうなると僕は考えてみたくなるんですがね、このペストがあなたにとって果してどういうものになるか」 「ええ、そうです」と、リウーはいった。「際限なく続く敗北です」
(中略)
リウーは急に、親しみのこもった笑いを爆発させた…… 「まあ、いってみてくれませんか」と、彼はいった。「いったい何があなたをそうさせるんです、こんなことにまで頭を突っ込むなんて」「知りませんね。僕の道徳ですかね、あるいは」「どんな道徳です、つまり?」「理解すること、です」 タルーは家のほうを向いてしまい、リウーはそれっきり、二人が喘息もちの爺さんのところまではいった瞬間まで、彼の顔を見なかった。

(カミュ『ペスト』新潮文庫、宮崎嶺雄訳)

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