2013年4月16日火曜日

引用ノック0510:ブリキの太鼓A

精神病院のピカピカの金属ベッドの中にいて、ガラスのはまった覗き穴からブルーノの目に見守られながら、カシューブのジャガイモ畑に流れる煙や糸のような十月の雨を語るのは、そうたやすいことじゃない。ぼくの太鼓がなかったら、まずもって不可能なことだろう。上手に、辛抱づよく扱えば、大切なことを書きしるすのに欠かせないちょっとしたことを、つぎつぎに思い出させてくれる。病院のお許しがあらばこそで、毎日三時間、四時間と、ブリキの太鼓にしゃべらせてくれる。

(グラス『ブリキの太鼓』「いかだの下」池内紀訳;池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅱ-12)

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