2012年10月4日木曜日

引用ノック0460:

「ボタン、押してみて」
表面にはボタンが何個もついている。言われたとおりに、ボタンを押してみる。が、特に何もおこらないではないか。
「いや、一回じゃだめなんだ。あのね、何回も押してみて」
「はあ、何回もですか」
握力は低下し、潰瘍だらけ、関節は痛むし、神経感覚の麻痺もある手で、意味不明の四角いおもちゃを握りしめさせられ、ボタンを連打させられた。正直、「迷惑だな」と思いながら。
二十回くらい押したところで、「イヤーン」という、アホらしいお色気自動音声がそのおもちゃから発せられた。
「…………ぷっ」
くだらない、ヘンなおもちゃ。くだらない、どうでもいい笑い。そんなふうに笑ったのは、なんだかとても久しぶりのような気がした。
迷子のその人は、ヘンなおもちゃをくれる人、に格上げされた。

(大野更紗『困ってるひと』第十二章)

0 件のコメント: